アナキズム
概要
国家をはじめとするあらゆる強制的な権力・階層構造を不当な支配とみなし、その廃絶と、自発的な相互扶助・協力に基づく社会の実現を目指す思想。
詳細(学術的な解説)
プルードンからバクーニンへ
プルードンは『財産とは何か』の「財産とは盗みである」という言葉で、労働によらずに得られる私有財産(特に資本・地代として機能する財産)を批判し、生産者同士の対等な交換・信用組合を基盤とする相互主義(ミュチュアリズム)に基づく分権的な経済組織を構想した。バクーニンはこれを継承しつつ、国家権力そのものを、たとえそれが労働者階級による「プロレタリア独裁」という形を取ったとしても、権力を握った者が必然的に新たな支配階級(「赤い官僚制」)へと転化する不当な権威とみなし、あらゆる国家権力の即時廃絶を説く集産主義的アナキズムを唱えた。
第一インターナショナルでの分裂
1872年のハーグ大会において、国家権力の獲得(プロレタリア独裁を経た社会主義国家の樹立)を革命の必要な手段として容認するマルクス派と、あらゆる国家権力を最終目的としても過渡的手段としても一貫して否定するバクーニン派が決定的に決裂した。この分裂は、国際労働運動における社会主義とアナキズムの理論的・組織的な分岐点として、以後の左翼運動史全体に長い影を落とすことになった。
クロポトキンのアナルコ・コミュニズム
クロポトキンは、ダーウィンの進化論が生存競争(個体間の闘争)を過度に強調していることに対し、同種内における相互扶助(協力)もまた種の生存・進化を促す等しく重要な要因であると論じ(『相互扶助論』)、これを社会理論に応用して、強制的な国家によらない自発的な協力に基づく社会組織と、生産物の必要に応じた共有までを含むアナルコ・コミュニズムを体系化した。
アナルコ・サンディカリスムと個人主義的アナキズム
フランス・スペインなどでは、労働組合(サンディカ)を単なる経済的利益団体ではなく、ゼネストによって国家・資本主義を打倒し、そのまま生産管理の単位となる革命の主体と位置づけるアナルコ・サンディカリスムが有力な潮流を形成した(スペイン内戦期のCNT-FAIはその最大の実践例である)。他方、シュティルナーに代表される個人主義的アナキズムは、集団的な組織化よりも、あらゆる外的権威(国家のみならず道徳・理念そのもの)からの個人の自己所有権・自律を核心に据える。
権威への問い——正当化責任の転換
アナキズムを単なる「無秩序の主張」から区別する理論的な核心は、立証責任の所在にある。通常の政治哲学は、なぜ人々が国家に服従すべきかを説明しようとするが、アナキズムは、あらゆる支配・強制関係はそれ自体としては不当であり、正当化されない限り解体されるべきだという前提から出発する。ロバート・ポール・ウルフは『アナーキズムの擁護』(1970年)で、道徳的自律を負う人間には自ら判断する義務があり、他者の命令をその内容ゆえにではなく命令であるがゆえに受け入れることは自律の放棄にほかならないとして、正統な権威という観念そのものが自律と両立しないと論じた(哲学的アナキズム)。
なお、アナキズムは「秩序の否定」ではない。プルードンが「自由は秩序の娘ではなく母である」と書いたように、強制なき自発的な調整によってこそ真の秩序が生まれるという主張が、その中心にある。
「行為によるプロパガンダ」とテロリズムの時代
19世紀末から20世紀初頭にかけて、少数の行動が民衆を覚醒させるという「行為によるプロパガンダ」の思想のもと、一部のアナキストによる要人暗殺が相次いだ(フランス大統領カルノー、オーストリア皇后エリザベート、イタリア王ウンベルト1世、アメリカ大統領マッキンリーなど)。これによりアナキズムには暴力的テロリズムという像が定着し、各国で厳しい弾圧を招いた。しかしクロポトキンやマラテスタを含む多くのアナキストはこの戦術を有害だとして批判しており、暴力とアナキズムを同一視するのは思想史的に正確ではない。
スペイン内戦——最大の実践
アナキズムが最も大規模に実践されたのは、スペイン内戦期(1936-1939年)のカタルーニャ・アラゴンである。労働組合CNTを中心に、工場は労働者による自主管理下に置かれ、農村では土地の集団化が進み、貨幣を廃止した村さえ現れた。ジョージ・オーウェルは『カタロニア讃歌』でバルセロナの光景——労働者が街を掌握し、敬称や階級的な呼びかけが廃された社会——を記録している。この実験は、フランコ軍の攻勢と、共和国政府内部でのスターリン主義勢力による弾圧の双方によって崩壊した。
マルクス主義との対立の争点
アナキズムとマルクス主義は、資本主義批判という点では重なりつつ、権力の理解において根本的に分岐する。マルクス主義が、支配の根源を生産手段の私的所有に見出し、国家をその上部構造とみなすのに対し、アナキズムは国家権力それ自体が独自の支配関係を生むと考える。したがって生産手段を国有化しても、国家という装置が残る限り新たな支配階級(官僚)が生まれるだけだという批判になる。バクーニンが1873年に、マルクス的な労働者国家は「棒で殴られる代わりに人民自身の棒で殴られる専制」に帰着すると予言したことは、20世紀のソ連の展開に照らして繰り返し引用される。
内部の多様性と現代への影響
国家の廃絶という点では一致しつつも、私有財産・市場・組織形態をどう扱うかをめぐって、アナキズムの内部には集産主義・アナルココミュニズム・サンディカリスム・個人主義など多様な潮流が並存し、時に対立してきた。20世紀後半には、市場と私有財産を全面的に肯定しつつ国家のみを否定するアナルコ・キャピタリズム(ロスバードら)も現れたが、資本の集中による支配を容認する点で伝統的なアナキズムとは相容れないとして、同じ名を冠することへの異論も強い。
現代では、環境運動・フェミニズム・反グローバリズム運動における水平的・非階層的な組織原理(コンセンサスによる意思決定、常設の指導部を置かない運動形態)として、アナキズムの理念が新たな形で継承されている。デヴィッド・グレーバーは、こうした実践を理論化するとともに、負債や官僚制の人類学的研究を通じて、国家なき社会組織の実例を提示した。
日本での受容
日本では明治末から大正期にかけて幸徳秋水がクロポトキンに傾倒し、直接行動論を唱えたが、大逆事件(1910-11年)で処刑された。大杉栄は個人の生の躍動を重んじる独自のアナキズムを展開したものの、関東大震災の混乱のなかで憲兵に殺害された(甘粕事件)。1920年代の労働運動では、共産主義との路線対立(アナ・ボル論争)が起こり、以後の運動の方向を大きく規定した。
代表人物
- ミハイル・バクーニン創始者
1814年 - 1876年
19世紀ロシアの思想家・革命家。国家をはじめとするあらゆる権威的な権力構造を、たとえ革命の名の下であっても不当な支配とみなし、その即時廃絶と自由な諸個人・諸集団の連合による社会組織を説いた。国際労働者協会(第一インターナショナル)ではマルクスと、国家権力の扱いをめぐって激しく対立した。
- ピョートル・クロポトキン主要人物
1842年 - 1921年
19世紀ロシアの地理学者・思想家。生物界における生存競争だけでなく相互扶助が進化を促す重要な要因であるとし、国家によらない自発的な協力に基づく社会の実現を説いたアナキズムの代表的理論家。バクーニンの集産主義的アナキズムを継承・発展させ、生産物の共有までを説くアナルコ・コミュニズムを体系化した。
代表書籍
- 相互扶助論(1902年)
- 国家制度とアナーキー(1873年)