保守主義
概要
理性による一挙的な社会設計を疑い、歴史のなかで培われた伝統・慣習・制度を尊重しながら漸進的に社会を改良していくことを説く政治思想。フランス革命への批判から体系化された。
詳細(学術的な解説)
バークによる定式化
エドマンド・バークは『フランス革命の省察』(1790年)で、抽象的な理性の設計図——「人間の権利」のような普遍的原理——に基づいて社会制度を一挙に作り替えようとするフランス革命の急進主義を、経験を無視した危険な企てとして批判した。社会は、世代を超えて蓄積された慣習・制度・偏見(プレジュディス)という「潜在的な知恵」の集積(バークの言う「世代間の契約」)であり、それを一挙に破壊することは、多くの人命を代償とする破局を招くとして、漸進的な改良のみが正当だと説いた。名誉革命(1688年)を、既存の権利・自由を守るための「保守的な革命」として評価したことも、バークの一貫した立場を示している。
保守すべき「何か」の多様性
保守主義は自由主義やマルクス主義のような体系的な教義を持たず、何を保守すべきかは論者・時代・文脈によって大きく異なる(伝統的な貴族的権威、自由市場経済、国民国家・民族的アイデンティティ、宗教的価値観など)。この特徴のため、保守主義はしばしば独立した実質的なイデオロギーというより、急激な変化一般に対する懐疑という一つの「気質」「態度」——マイケル・オークショットの言う、未知のものより既知のものを、ユートピアより現状を選好する構え——として性格づけられる。
自由主義との複雑な関係
19世紀以降、経済的自由市場と私有財産制を擁護する点で古典的自由主義と保守主義は多くの場面で重なり合ってきた(英米の「保守=自由市場」的な政治的布置)。他方で、伝統的な共同体・権威・宗教的価値観を擁護する立場は、個人の自律的な選択を至高の価値とする自由主義の前提そのものへの懐疑を含んでおり、両者の同盟は理論的には不安定である。この緊張は、現代の保守主義内部における自由至上主義(リバタリアン、経済的自由の徹底を志向)と伝統主義(共同体的な規範・権威の維持を志向)との対立として繰り返し現れている。
新保守主義(ネオコンサーバティズム)
20世紀後半のアメリカでは、当初リベラル左派であった知識人たちが、福祉国家の行き過ぎや文化的相対主義への反発から保守へ転じ、強い国防・伝統的価値観の擁護と、対外的には民主主義の積極的な拡張(時に軍事介入を伴う)を組み合わせる新保守主義(ネオコンサーバティズム)を形成した。これは伝統的保守が本来持っていた漸進主義・現状維持志向とはむしろ緊張関係にある、能動的な理念追求型の保守として位置づけられる。
中核的な主張——人間の不完全性と暗黙知
保守主義が体系を持たないとしても、その底流には共通する幾つかの前提がある。第一に人間の理性と徳性の不完全性である。人間は自らの社会について完全な知識を持ちえず、善意の設計もしばしば予期せぬ帰結を招く。第二に、社会は機械ではなく有機体であり、制度は相互に絡み合っているため、一部だけを取り出して置き換えることはできない。第三に、多様性と中間集団の擁護である。個人と国家の間にある家族・地域・教会・職業団体といった中間的な結社が、権力の集中を防ぎ、人々の帰属を支える。
ハイエクの議論——社会に分散する知識の多くは明示的に言語化できない暗黙のものであり、それゆえ中央の設計者が全体を把握して合理的に配分することは原理的に不可能である——は、経済学の側から保守主義の認識論を裏づけるものとして広く参照されている。ただしハイエク自身は「なぜ私は保守主義者ではないのか」という論考を書き、変化そのものへの抵抗を保守主義の弱点として、自らを古典的自由主義者と位置づけた。
大陸の保守主義——反革命思想
イギリスのバークが漸進的改良を説いたのに対し、フランスのジョゼフ・ド・メーストルやルイ・ド・ボナールに代表される大陸の反革命思想は、より神権的・権威主義的な性格を帯びた。メーストルは、社会秩序は理性ではなく神による摂理と、それを担保する処刑人の存在によって支えられていると論じ、啓蒙の理性主義を全面的に否定した。この系譜は、20世紀のカール・シュミットにおける主権と例外状態の理論へと連なり、英米系の穏健な保守主義とは異質な思想圏を形成している。
批判
進歩派からは、保守主義が既存の権力構造・経済的不平等・差別的な社会関係を「伝統」「自然な秩序」の名の下に温存する、現状維持のためのイデオロギーにすぎないという批判が繰り返し寄せられてきた。アルバート・ハーシュマンは『反動のレトリック』で、保守派の反論が「逆効果」(改革はかえって事態を悪化させる)、「無益」(改革は表面を変えるだけで実質は変わらない)、「危険」(改革は既存の成果を破壊する)という三つの型に定型化していることを指摘している。
これに対し保守主義の側からは、そうした批判自体が、歴史のなかで培われた具体的な規範・制度を無視して抽象的な理性から社会を再設計しようとする、まさにバークが警戒した急進的理性主義の一例であると反論される。また、何を保守すべきかが時代によって変わる以上、かつての急進的改革(自由市場や政教分離)を今日の保守が守っているという事実は、保守主義が単なる現状維持ではなく、定着した達成の擁護であることの証だとも主張される。
日本での受容
日本では「保守」の語が、しばしば戦前的な国体・天皇制の擁護や自民党的な政治的立場と結びつけて用いられ、バーク的な意味での漸進主義とは異なる文脈で流通してきた。バークの『フランス革命の省察』を早くに紹介したのは明治期の政治学者たちだが、思想として本格的に受容されたのは戦後であり、福田恆存や西部邁らが、進歩主義への批判を軸とする保守思想を展開した。丸山眞男が日本の思想状況の特徴として指摘した「伝統の不在」——過去の思想が蓄積されず次々に忘却される——は、保守すべき伝統そのものの所在をめぐる日本固有の問題を提起している。
代表人物
- エドマンド・バーク創始者
1729年 - 1797年
18世紀アイルランド出身の政治思想家・政治家。フランス革命による急進的な社会設計を批判し、歴史の中で培われた伝統・慣習・制度を尊重した漸進的な改革を説いた。近代保守主義の理論的祖とされる。
- マイケル・オークショット主要人物
1901年 - 1990年
20世紀イギリスの政治哲学者。政治を、抽象的な設計図(イデオロギー)に基づいて社会を作り替える技術的な営みとしてではなく、世代を超えて受け継がれてきた慣習・伝統という「航海」の中で舵取りをする実践的な技芸として捉えた。理性的な設計によって社会を一から作り替えようとする「合理主義」を批判し、バークの流れを汲む20世紀保守主義の代表的理論家とされる。
代表書籍
- フランス革命の省察(1790年)
- 政治における合理主義(1962年)