ヒンドゥー教
概要
単一の教祖や経典を持たず、多様な神々への信仰・実践を包括する南アジア起源の宗教的伝統の総称。輪廻転生(サンサーラ)とそこからの解脱(モークシャ)、行為の帰結としての業(カルマ)、個々の自我(アートマン)と宇宙の根本原理(ブラフマン)との関係を主要な主題とし、正しい行い(ダルマ)の実践を通じた解脱を説く。
詳細(学術的な解説)
ヴェーダとウパニシャッド
ヒンドゥー教の最古層をなすヴェーダ文献(『リグ・ヴェーダ』などの4本集)は、神々への賛歌と祭祀儀礼の規定を中心とする文献群であり、天啓(シュルティ、「聞かれたもの」)として最高の権威を持つ。ヴェーダの末尾に位置する後期のウパニシャッド文献(ヴェーダーンタ、「ヴェーダの終極」の意)では、祭祀そのものよりも、個々の自我(アートマン)と宇宙の根本原理(ブラフマン)の関係という哲学的な問いが中心的な主題となり、両者は本質において同一であるとする梵我一如の思想が展開された。
カースト制度とダルマ・アルタ・カーマ・モークシャ
ヒンドゥー教の社会秩序を伝統的に規定してきたのがヴァルナ(司祭・武人・庶民・隷属民の四階級)とジャーティ(世襲的な職能集団)から成るカースト制度であり、各人が自らの生得的な身分・段階に応じて果たすべき義務(ダルマ)を遂行することが重視された。人生の目的としては、義務の遂行(ダルマ)、実利の追求(アルタ)、感覚的な喜び(カーマ)、そして輪廻からの究極的解放(モークシャ)という四つの目標(プルシャールタ)が伝統的に説かれている。
六派哲学とヴェーダーンタ学派
ヴェーダの権威を認める正統(アースティカ)の哲学として、サーンキヤ(精神原理プルシャと物質原理プラクリティの二元論)・ヨーガ(心の作用の制御を通じた解脱の実践体系)・ニヤーヤ(論理学・認識論)・ヴァイシェーシカ(原子論的な実在論)・ミーマーンサー(祭祀の解釈学)・ヴェーダーンタ(ウパニシャッドの体系的解釈)の六派が体系化された。中でもヴェーダーンタ学派は後代に最も大きな影響力を持ち、シャンカラはアートマンとブラフマンの完全な同一性を説き、現象世界を無明(アヴィディヤー)による仮象(マーヤー)とみなす不二一元論(アドヴァイタ)を、後のラーマーヌジャは人格神への信愛を重視し限定的な差異を認める限定不二一元論(ヴィシシュタ・アドヴァイタ)を唱えるなど、内部で多様な立場が分岐した。
業・輪廻・解脱
行為(カルマ)の帰結が来世のあり方を決定するという業の思想、それに基づく生死の繰り返し(サンサーラ、輪廻)、そしてそこからの究極的な解放(モークシャ)という枠組みは、ヒンドゥー教のみならず仏教・ジャイナ教を含むインド思想全体に共有される基本的な世界観である。仏教が輪廻の主体としての恒常不変な自我(アートマン)を否定した(無我説)のに対し、ヒンドゥー教の主流はアートマンの実在を認め、それとブラフマンとの合一・同一性の覚知を解脱の核心とする点で両者は根本的に異なる。
バクティ運動と『バガヴァッド・ギーター』
中世以降のインドでは、特定の人格神(ヴィシュヌ、シヴァなど)への絶対的な愛と献身(バクティ)を通じた解脱を説くバクティ運動が、カースト・身分を超えた民衆的な信仰運動として各地で広まった。叙事詩『マハーバーラタ』の一部をなす『バガヴァッド・ギーター』は、結果への執着を離れて自らの義務(ダルマ)を遂行する行為の道(カルマ・ヨーガ)と、信愛の道(バクティ・ヨーガ)、知の道(ジュニャーナ・ヨーガ)を統合的に説く聖典として、今日に至るまで広く読まれている。
主要な神格と三神一体
ヴェーダ期に中心的だったインドラ・アグニ・ヴァルナといった神々は後代に後退し、代わって世界を維持するヴィシュヌ、破壊と再生を司るシヴァ、そして女神(デーヴィー、ドゥルガー、カーリーなど)が信仰の中心となった。創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌ、破壊神シヴァを一体とみなす三神一体(トリムールティ)の観念も生まれたが、実際の信仰においてブラフマーを祀る寺院はごく少なく、ヴィシュヌ派・シヴァ派・シャークタ派(女神信仰)が三大潮流をなす。ヴィシュヌは時代の危機に応じてラーマ、クリシュナなど様々な姿(アヴァターラ、化身)で地上に現れるとされ、この化身の観念は、外来の信仰対象を体系に取り込む柔軟性の源泉にもなった。
二大叙事詩とプラーナ文献
ヴェーダ・ウパニシャッドの哲学的伝統とは別に、民衆にヒンドゥー的世界観を伝えたのは『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』の二大叙事詩である。前者は王族間の大戦争を、後者は理想の王ラーマの物語を描き、いずれも義務(ダルマ)をめぐる葛藤を主題とする。これらは東南アジアにも広く伝播し、ジャワの影絵芝居やタイのラーマキエンとして各地の文化に根を下ろした。さらに神々の神話・宇宙論・儀礼規定を集成したプラーナ文献群が、地域ごとの信仰実践を支えている。
人生の四住期
伝統的なヒンドゥー社会は、上位ヴァルナの男性の生涯を四つの段階(アーシュラマ)に区分した。師のもとでヴェーダを学ぶ学生期、家庭を営み祭祀と社会的義務を果たす家住期、家を子に譲って森で修行する林住期、そして一切を捨てて放浪する遊行期である。実利や快楽の追求(アルタ・カーマ)が家住期において積極的に肯定される一方、最終的には解脱へ向かうという構造は、世俗的な生と出世間的な理想を一つの人生のなかに時間的に配置する枠組みとして機能した。ただしこれは規範的な理念型であり、実際に四住期をすべて経る者は限られていた。
実践の多様性
単一の教祖・単一の教義書を持たないヒンドゥー教は、多様な神格への信愛(バクティ)、瞑想と身体修練(ヨーガ)、知的な探究(ジュニャーナ)、儀礼的な行為の遂行(カルマ)など、複数の実践の道(マールガ)を並存させる包括的な宗教的伝統として特徴づけられる。日常的な信仰生活の中心は、寺院や家庭の祭壇で神像に食物・花・灯明を捧げて相互の視線を交わすプージャー(供養)と、ダルシャン(神像を見、神に見られること)にある。ガンジス川をはじめとする聖地への巡礼、生涯の節目の通過儀礼(サンスカーラ)、ディーワーリーやホーリーなどの祝祭も、実践の重要な構成要素である。
近代のヒンドゥー改革運動
19世紀以降、イギリス植民地統治とキリスト教宣教への応答として、ヒンドゥー教内部から改革運動が起こった。ラーム・モーハン・ローイのブラフモ・サマージは、偶像崇拝やサティー(寡婦殉死)の慣習を批判し一神教的な再解釈を進め、ダヤーナンダ・サラスヴァティーのアーリヤ・サマージは「ヴェーダに帰れ」を掲げた。ラーマクリシュナの弟子ヴィヴェーカーナンダは、1893年のシカゴ万国宗教会議での演説を通じて、ヴェーダーンタを普遍的な宗教哲学として西洋世界に紹介し、以後のヨーガ・瞑想の国際的な広まりの端緒を開いた。
ガンディーと現代インド
マハートマー・ガンディーは、『バガヴァッド・ギーター』の無執着の行為の教えを、非暴力(アヒンサー)と真理の把持(サティヤーグラハ)による独立運動の実践原理へと読み替えた。他方、同じヒンドゥー的伝統を、宗教的アイデンティティに基づく国民国家の理念(ヒンドゥトヴァ)として構成する潮流も20世紀に形成され、ガンディー自身がその立場の活動家によって暗殺されている。カースト差別については、憲法起草者アンベードカルがヒンドゥー教そのものの構造的問題として批判し、仏教への集団改宗という道を選んだ。独立後のインド憲法は不可触民制を違法としたが、社会的な差別の解消は今日なお課題であり続けている。
西洋思想への影響と日本での受容
18世紀末のウパニシャッドのラテン語訳を読んだショーペンハウアーは、それを「私の生涯の慰め」と呼び、その意志の形而上学にインド思想の刻印を残した。アメリカのエマソン、ソローら超越主義者もヴェーダーンタの影響を受けている。日本では、仏教を通じてインド思想の語彙が古くから流入していたが、ヒンドゥー教そのものの学術的研究は近代インド学の成立以降であり、中村元による原典からの体系的な翻訳・研究がその基盤を築いた。日本の民間信仰に定着した弁才天(サラスヴァティー)、大黒天(マハーカーラ)、吉祥天(ラクシュミー)などは、ヒンドゥーの神格が仏教を経由して受容された例である。
代表人物
- シャンカラ主要人物
788年 - 820年
8-9世紀のインドの哲学者。個々の自我(アートマン)と宇宙の根本原理(ブラフマン)は本質において同一であるとする不二一元論(アドヴァイタ・ヴェーダーンタ)を体系化し、ヒンドゥー教における最も影響力の大きい哲学的伝統の一つを確立した。
- パタンジャリ主要人物
生没年不詳(紀元前後ごろ)、古代インドの思想家とされる人物。心の作用の停止を通じた解脱への道を体系的にまとめた『ヨーガ・スートラ』の編纂者とされ、ヨーガ学派の基礎を築いた。
代表書籍
- ブラフマ・スートラ注解
- ヨーガ・スートラ
他思想との関係
仏教と関連する
同じ南アジアに起源を持ち、輪廻転生(サンサーラ)・業(カルマ)・そこからの解脱という主題を共有する。仏教はヒンドゥー教の枠組みに対する改革運動としても生まれた。