仏教

概要

生・老・病・死をはじめとする一切は苦(ドゥッカ)であり、その原因は執着・渇愛にあるとし、八正道の実践によって執着を手放し、苦から解放された涅槃の境地に至ることを説く。ゴータマ・ブッダ(釈迦)の教えに始まる。

詳細(学術的な解説)

四諦と八正道

ゴータマ・ブッダ(伝統的には紀元前563年頃-483年頃)の根本教説は四諦(苦・集・滅・道の四つの真理)に要約される。生きることは本質的に苦(ドゥッカ)であり(苦諦)、その原因は渇愛・執着にあり(集諦)、その原因を滅すれば苦は滅する(滅諦)、そのための実践方法が八正道(正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)である(道諦)。この構造は、病の診断・原因の特定・治癒の宣言・治療法の処方という医学的な問題解決の型式に類比される。

無我と縁起

仏教は、恒常不変の実体としての自己(アートマン)の存在を否定する「無我(アナートマン)」を説く点で、当時のバラモン教(ウパニシャッド)を含む多くの他の宗教的伝統と一線を画す。あらゆる事物は独立して存在するのではなく、他の事物との相互依存関係(縁起、「此有るが故に彼有り、此生ずるが故に彼生ず」)によって成立し、この縁起の理解こそが執着からの解放の鍵とされる。人間存在は色(身体)・受(感受)・想(表象)・行(意志作用)・識(認識)という五つの構成要素(五蘊)の仮の集合にすぎず、その背後に固定的な魂は存在しないとされる。

上座部と大乗

紀元前後の初期の教団分裂(部派分裂)を経て、個人の解脱(阿羅漢果)を目指す上座部仏教(南伝、スリランカ・東南アジアに展開)と、あらゆる衆生の救済を目指す菩薩の理想を掲げる大乗仏教(北伝、中央アジア経由で中国・朝鮮・日本・チベットに展開)とに大きく分岐した。大乗仏教内部でも、2-3世紀のナーガールジュナ(龍樹)に始まる中観派(あらゆる事物は固有の実体を持たず空であるとする哲学)や、4-5世紀の唯識派(阿頼耶識を根本とし、あらゆる現象は心の表象にすぎないとする分析)など、多様な哲学的展開が生じた。

密教とチベット仏教

7-8世紀以降のインドでは、真言・曼荼羅・灌頂儀礼などを用いる密教(金剛乗)が発展し、これがチベットに伝わってチベット仏教の基盤を形成した。中国・日本にも真言宗・天台宗の一部として密教の要素が伝わっている。禅(中国では禅宗、日本では臨済宗・曹洞宗)は、経典解釈よりも座禅による直接的な体験(見性)を重視する東アジア独自の展開である。

三法印と中道

仏教の世界観は、しばしば三法印として要約される。諸行無常(あらゆる作られたものは移り変わる)、諸法無我(あらゆる存在に固有の実体はない)、涅槃寂静(執着の消滅した境地は静かである)である。これに一切皆苦を加えて四法印とすることもある。

またブッダは、快楽への耽溺と極端な苦行という二つの極端をともに退ける「中道」を、悟りに至る道として説いた。出家以前の王子としての享楽と、六年に及ぶ苦行のいずれによっても解脱に至らなかったという自らの経験が、この教説の背景にあると伝えられる。中道は後にナーガールジュナによって、有と無という存在論的な両極端をも離れる立場として、より思弁的な水準で捉え直された。

無記——答えられない問い

ブッダは、世界は永遠か否か、世界は有限か無限か、生命と身体は同一か別か、如来は死後に存在するか否かといった形而上学的な問いに対して、沈黙を守った(無記)。毒矢のたとえは有名である——毒矢に射られた者が、矢を射た者の身分や弓の材質を知るまで矢を抜かないと言えば、その者は死ぬだろう。仏教の関心は、思弁的な世界解釈ではなく苦の現実的な解決にあるという実践的性格が、この態度に表れている。

経典の伝承と結集

ブッダの教えは長く口誦によって伝えられ、その死後、教団による経典の編纂会議(結集)が繰り返された。文字化は紀元前1世紀のスリランカにおいてなされ、パーリ語による三蔵(経蔵・律蔵・論蔵)として今日の上座部仏教に伝わっている。大乗仏教の経典群(『般若経』『法華経』『華厳経』『浄土三部経』など)は、それより後の紀元前後から数世紀にわたって成立したもので、みずからをブッダの真意の開示として位置づけた。漢訳の過程で鳩摩羅什や玄奘が果たした役割は大きく、とりわけ鳩摩羅什訳『法華経』の文体は東アジア仏教の言語感覚を規定した。

上座部と大乗

紀元前後の初期の教団分裂(部派分裂)を経て、個人の解脱(阿羅漢果)を目指す上座部仏教(南伝、スリランカ・東南アジアに展開)と、あらゆる衆生の救済を目指す菩薩の理想を掲げる大乗仏教(北伝、中央アジア経由で中国・朝鮮・日本・チベットに展開)とに大きく分岐した。

大乗の中核をなす菩薩の理想は、自らの解脱を後回しにしてでも一切衆生を救うという誓願にあり、その実践は六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)に整理された。哲学的にも、2-3世紀のナーガールジュナ(龍樹)に始まる中観派——あらゆる事物は他に依存して成立する以上、それ自体としての固有の本質(自性)を欠く(空)とし、しかも空を実体視することもまた退ける——と、4-5世紀の唯識派——阿頼耶識を根本に置き、あらゆる現象は心の表象にすぎないと分析する——という二大学派が形成された。

密教とチベット仏教

7-8世紀以降のインドでは、真言・曼荼羅・灌頂儀礼などを用いる密教(金剛乗)が発展し、これがチベットに伝わってチベット仏教の基盤を形成した。チベットでは8世紀のサムイェー寺の宗論を経てインド系の漸修の立場が採られ、以後ゲルク派をはじめとする諸派が、緻密な論理学(因明)と密教実践を統合した独自の学統を築いた。中国・日本にも空海の真言宗、天台宗の一部(台密)として密教の要素が伝わっている。

東アジアにおける展開

中国では、伝来当初は道家の語彙を借りる格義を経て受容され、やがて教相判釈(諸経典の位置づけを体系化する作業)を通じて天台宗・華厳宗などの独自の教学が成立した。経典解釈よりも座禅による直接的な体験(見性)を重視する禅宗、阿弥陀仏の本願にすがる浄土教も、東アジアで大きく展開した。

日本では6世紀の伝来以降、奈良仏教、最澄・空海による平安仏教を経て、鎌倉期に法然・親鸞の浄土教、道元の曹洞禅、日蓮の法華信仰といった、在家をも広く包含する諸宗派が成立した。親鸞の悪人正機説や道元の修証一等など、日本仏教はインド・中国の教学を独自に読み替えた思想を数多く生んでいる。

ヒンドゥー教との関係

仏教は、ヴェーダの権威やカースト制度(ヴァルナ)を前提としないという点で、当時のバラモン教(後のヒンドゥー教)に対する改革的な運動としての側面を持つ。輪廻・業・解脱という基本的な世界観の枠組みは共有しつつ、無我説によってその内実を大きく組み替えた点に仏教の独自性がある。ヒンドゥー教の側は後にブッダをヴィシュヌの化身の一つとして自らの体系に取り込み、13世紀にはインド本土での仏教はイスラーム勢力の侵入等を経てほぼ姿を消した。

近現代における展開

19世紀以降、パーリ語聖典の校訂・翻訳が西洋の東洋学によって進み、仏教は「合理的で無神論的な宗教」として西洋知識人に受容された(ショーペンハウアーへの影響はその代表例である)。20世紀のインドではアンベードカルが、カースト差別からの解放の道として被差別階級とともに仏教へ改宗する運動を起こした。東南アジア・スリランカでは仏教とナショナリズムの結合が、日本では戦時期の宗門の戦争協力が、それぞれ批判的な検証の対象となっている。近年は、瞑想実践を宗教的文脈から切り離して臨床応用したマインドフルネスが世界的に広まる一方、その脱文脈化に対する仏教研究者からの批判も提起されている。

代表人物

  • ゴータマ・ブッダ(釈迦)創始者

    紀元前563年 - 紀元前483年

    伝統的な説では紀元前563年ごろ - 紀元前483年ごろ、古代インドの思想家・宗教家。生・老・病・死をはじめとする一切は苦(ドゥッカ)であるとし、その原因である執着・渇愛を八正道の実践によって手放すことで、苦から解放された涅槃に至ると説いた。仏教の開祖。生没年には異説もある。

  • ナーガールジュナ(龍樹)主要人物

    150年 - 250年

    2-3世紀ごろのインドの仏教思想家。あらゆる事物は独立した実体(自性)を持たず、相互に依存して成立する(縁起)ゆえに空であるとする中観派(空の思想)を確立し、大乗仏教の理論的基盤を築いた。東アジア仏教では「八宗の祖」として尊崇される。

代表書籍

  • 法句経(ダンマパダ)
  • 中論

他思想との関係

  • 道家思想と関連する

    仏教自体はインドで独立に成立したが、中国に伝来した後は道家思想の語彙・概念を借りて理解される(格義)過程を経て、禅(中国では禅宗)という道家思想との実質的な融合形態を生んだ。

  • キリスト教と対立する

    創造神への信仰と不滅の魂を前提とするキリスト教に対し、仏教(特に初期仏教)は創造神を立てず、固定的な自己(アートマン)の存在も否定する(無我)。

  • ストア派と関連する

    外的な出来事への執着を手放し、心の平静を目指す点で、仏教の離欲とストア派のアパテイア(不動心)はしばしば比較される。ただし根拠づけとなる形而上学は大きく異なる。

  • ヒンドゥー教仏教と関連する

    同じ南アジアに起源を持ち、輪廻転生(サンサーラ)・業(カルマ)・そこからの解脱という主題を共有する。仏教はヒンドゥー教の枠組みに対する改革運動としても生まれた。