プラグマティズム
概要
ある信念・観念の真理性や意味を、それが実際の行動・経験にもたらす結果によって判定しようとする、19世紀末にアメリカで生まれた哲学的立場。抽象的な形而上学的論争よりも、観念が現実の問題解決にどう役立つかを重視する。
詳細(学術的な解説)
プラグマティックな格率
チャールズ・サンダース・パースは、論文「われわれの観念を明晰にする方法」において、ある概念の意味とは、その概念を真とすることから帰結する、実際に経験可能な実践的効果の総体に他ならないとする「プラグマティックな格率」を提唱した。これに照らせば、経験的に検証可能な帰結の違いを何ら生まない形而上学的な論争の多くは、実質的な内容を欠いた空虚な言葉遊びに帰着するとされる。パース自身は記号論・論理学の探究者としての性格が強く、後継者たちによる大衆化とは一線を画す厳密な立場を保持し続けた。
ジェイムズによる真理論への展開
ウィリアム・ジェイムズは、パースの格率を意味の分析から真理の定義そのものへと拡張し、講演録『プラグマティズム』において、ある観念が真であるとは、それが経験の流れの中で実際にうまく機能すること(他の経験・信念との整合性、検証可能性、行動を導く上での有用性)を意味すると論じた。この真理の道具主義的な捉え方は、真理を観念と外的事実との対応関係とみなす伝統的な対応説的真理観と鋭く対立し、当時から「真理を有用性に解消する相対主義」という批判を招いた。
デューイの道具主義と民主主義論
ジョン・デューイは、思考や観念、さらには論理的規則そのものを、生物が環境との相互作用の中で直面する問題状況を解決するための「道具」とみなす道具主義(インストゥルメンタリズム)を展開した。この立場をデューイは教育論(受動的な知識の伝達ではなく、経験を通じた能動的な問題解決として学習を捉える「なすことによって学ぶ」の理念)や、固定された真理ではなく共同体による継続的な探究と修正のプロセスとして民主主義を捉える政治哲学へと広く応用した。
ミードと社会的自我論
デューイと親交のあったジョージ・ハーバート・ミードは、自我が生得的に与えられたものではなく、他者との身振り・言語を媒介としたコミュニケーションを通じて社会的に形成されるとする社会的自我論を展開し、プラグマティズムを社会心理学・シンボリック相互作用論の基礎理論としても発展させた。
形而上学クラブと成立の背景
プラグマティズムは、南北戦争後のアメリカという歴史的文脈から生まれた。1870年代初頭、ケンブリッジ(マサチューセッツ)でパース、ジェイムズ、後に最高裁判事となるオリヴァー・ウェンデル・ホームズ・ジュニアらが集った非公式の議論の会「形而上学クラブ」がその母胎とされる。ルイ・メナンドは、絶対的な確信の衝突が招いた内戦の惨禍への反省が、確実性よりも可謬性と探究の継続を重んじるこの思想的態度を生んだと論じている。ダーウィンの進化論が与えた衝撃も大きく、思考を環境への適応の一形態とみなす発想はここに由来する。
可謬主義と探究の共同体
パースは、あらゆる信念は原理的に誤りうる(可謬主義)としつつ、それゆえに懐疑論に陥るのではなく、探究を継続する共同体の営みに信頼を置いた。真理とは、探究を無限に続けたときに探究者の共同体が最終的に合意するであろう見解であり、実在とはその見解が表す対象である、というのが彼の定式である。またパースは、デカルトが方法として採った普遍的懐疑を、実際には誰も実行できない「紙の上の懐疑」として退け、探究は常に現に疑いが生じた具体的な場面から始まると主張した。演繹・帰納と並ぶ第三の推論形式としてアブダクション(最良の説明への推論、仮説形成)を定式化したことも、彼の重要な貢献である。
ジェイムズの宗教論と根本的経験論
ウィリアム・ジェイムズは心理学者としても『心理学原理』(1890年)で「意識の流れ」の概念を提示し、後の文学(ジョイス、ウルフ)にも影響を与えた。『信じる意志』では、証拠が不十分でありながら決断を避けられない「生きた・強制的な・重大な」選択においては、信じるという態度を取ることが正当でありうると論じ、『宗教的経験の諸相』(1902年)では、教義体系ではなく個々人の宗教体験そのものを記述の対象とした。晩年の「根本的経験論」は、主観と客観の区別に先立つ「純粋経験」を基礎に据えるもので、西田幾多郎の出発点に直接的な影響を与えている。
批判
真理を有用性・実践的機能に還元することへの批判——実際には有用でありながら事実に反する信念が存在しうるという反例——は、当初から繰り返し寄せられてきた。バートランド・ラッセルは、ジェイムズの真理論に従えば「サンタクロースは存在する」という信念も、それが人を幸福にする限りで真になってしまうと皮肉り、また「Pが真である」と「Pを信じることが有用である」は明らかに異なる主張だと批判した。ムーアやフッサールからも、真理概念の心理主義的な解消として退けられている。
現代的展開(ネオ・プラグマティズム)
20世紀半ば、クワインは「経験主義の二つのドグマ」で分析命題と総合命題の区別を批判し、信念の総体が全体として経験の法廷に立つという全体論を提示して、プラグマティズム的な発想を分析哲学の中心に復権させた。
20世紀後半にはリチャード・ローティが『哲学と自然の鏡』(1979年)において、心が実在を正確に映し出す「鏡」であるという認識論的な基礎づけ主義そのものを退け、真理を特定の言語共同体内での「会話における正当化」として捉え直した。ヒラリー・パトナムは内在的実在論の立場から、事実と価値の二分法を批判しつつ、ローティの相対主義的な含意には抵抗した。ロバート・ブランダムは、意味を推論的な役割と、主張に伴う責任・権限の社会的実践から説明する推論主義を展開している。政治哲学の領域では、ローティが『アメリカ 未完のプロジェクト』で、理論的な基礎づけを欠いたままでもリベラルな連帯は可能だと論じ、コーネル・ウェストは人種問題と結びつけた「預言者的プラグマティズム」を提唱した。
日本での受容
明治末から大正期にかけて、プラグマティズムは「実用主義」「実際主義」などと訳されて紹介された。西田幾多郎の『善の研究』(1911年)における「純粋経験」概念はジェイムズの根本的経験論から直接の示唆を受けており、日本の近代哲学の出発点にプラグマティズムが関与していることは重要である。戦後は、デューイの教育論が新しい教育制度の理念的支柱として大きな影響力を持ち、鶴見俊輔は留学先でのプラグマティズム研究を基礎に、『思想の科学』を拠点として、生活者の思想を対象とする独自の哲学的実践を展開した。
代表人物
1839年 - 1914年
19-20世紀のアメリカの論理学者・哲学者。ある概念の意味は、それが実際にもたらす実践的な効果の総体に他ならないとする「プラグマティックな格率」を提唱し、プラグマティズムを創始した。
- ウィリアム・ジェイムズ主要人物
1842年 - 1910年
19-20世紀のアメリカの哲学者・心理学者。パースのプラグマティズムを、真理とは観念が経験の中でうまく機能すること(実際に役立つこと)だとする独自の真理論へと発展させ、講演録『プラグマティズム』で広く一般に紹介した。
代表書籍
- 観念を明晰にする方法(1878年)
- プラグマティズム(1907年)