ストア派
概要
宇宙は理性的な秩序(ロゴス)に従っており、人間はその秩序を理性によって受け入れ、感情を統御して徳に従って生きるべきだと説く古代ギリシア・ローマの哲学。
詳細(学術的な解説)
学派の展開
紀元前3世紀初頭、ゼノン(キティオンの)によるアテナイでの創始(初期ストア)を経て、クリュシッポスがその教説を精緻な論理学・自然学体系として整備した(中期ストア)。ローマ帝政期には、元老院議員セネカ、元奴隷の哲学者エピクテトス、皇帝マルクス・アウレリウスら、社会階層を問わず実践倫理を重視する後期ストア派が活躍し、この時期の著作(セネカの書簡集、エピクテトスの語録、マルクス・アウレリウスの『自省録』)が今日最もよく読まれるストア派文献となっている。
哲学の三部門と論理学
ストア派は哲学を論理学・自然学・倫理学の三部門に分け、その関係を比喩で示した。哲学は卵のようなものであり、論理学は殻、自然学は白身、倫理学は黄身である。あるいは果樹園であり、論理学は囲いの垣根、自然学は樹木、倫理学は果実である。いずれの比喩も、倫理学こそが目的であり、他の二部門はそれを守り支えるものだという序列を表している。
論理学の領域におけるクリュシッポスの業績は特筆に値する。アリストテレスの三段論法が「すべての人間は死ぬ」のような名辞の関係を扱ったのに対し、クリュシッポスは「もしPならばQ、しかるにP、ゆえにQ」といった命題そのものの結合関係を扱う体系(五つの「証明を要さない推論形式」)を構築した。これは実質的に近代の命題論理の先駆であり、19世紀以降の記号論理学の成立まで正当に評価されなかった。
自然学と倫理学の一体性
ストア派の倫理学は、宇宙全体が理性的な原理(ロゴス、プネウマ)によって秩序づけられ、あらゆる出来事が運命(ハイマルメネー)として必然的に生起するとする自然学と不可分である。人間の理性はこの宇宙的ロゴスの一部(火花)であり、徳に従って生きることは「自然に従って生きること」と同義とされた。宇宙は周期的に大火によって再生・反復するという世界周期説(エクピュローシス)も特徴的な教説である。
運命と責任——円筒の比喩
すべてが運命によって決定されているなら、人間の行為に責任を問えるのかという難問に対し、クリュシッポスは円筒の比喩で応答した。円筒は押されなければ動かないが、いったん押されたとき転がるのは、外的な力によってではなく円筒自身の形状(本性)による。同様に、外的な印象が我々に到来することは運命だが、その印象に同意を与えるか否かは我々自身の理性の性質による——ゆえに責任は成り立つ。決定論と道徳的責任の両立可能性をめぐるこの議論は、西洋哲学における両立論の最も古い定式化の一つである。
オイケイオーシスと世界市民主義
ストア派倫理学の出発点にある「オイケイオーシス(親近化)」は、生物が生まれながらに自己の存在を保全しようとし、成長とともにその配慮の輪を家族・友人・同胞へと広げていく自然な傾向を指す。ヒエロクレスは、これを自己を中心とする同心円として描き、外側の円をできる限り中心へ引き寄せることが道徳的進歩であるとした。
この発想を極限まで拡張すると、配慮の輪は人類全体に及ぶ。ストア派は、すべての人間が同一の理性(ロゴス)を分け持つがゆえに、ポリスの区別を超えた単一の共同体(コスモポリス)の市民であると説いた。マルクス・アウレリウスが「私はアントニヌスとしてはローマを祖国とするが、人間としては世界を祖国とする」と記したのはこの思想の表明である。この世界市民主義と、万人に共通する理性法という観念は、ローマ法の万民法(ユス・ゲンティウム)や近代の自然法・人権思想へと流れ込んだ。
制御の二分法とアパテイア
エピクテトスが説いた、自分の力の及ぶこと(判断・意志・欲求)と及ばないこと(身体・財産・評判・外的な出来事)を峻別する「制御の二分法」は、後期ストア派実践倫理の核心をなす。感情(パトス、特に恐怖・欲望・快楽・苦痛の四つの基本情念)を、外的なものへの誤った価値判断から生じる理性の失調とみなし、それを克服した不動心の状態(アパテイア)を賢者の理想とした。ただし賢者は感情そのものを持たないのではなく、理性に適った健全な情動(エウパテイア)を持つとされる点で、しばしば誤解される「無感情」とは区別される。
徳の一元性と善悪の峻別
ストア派は、徳(賢慮・正義・勇気・節制)のみが唯一の善であり、悪徳のみが唯一の悪であって、それ以外の富・健康・名誉・生死などはすべて善悪に無関係な「無関心なもの(アディアフォラ)」であるとした。ただしこの無関心なものの中にも、健康など通常望ましいとされる「選択に値するもの」と、病など「忌避すべきもの」の区別(相対的価値)を認めた点は、エピクロス派が快楽そのものを善とみなす立場と対照的である。
賢者の理想と「進歩する者」
ストア派は、完全に徳を体得した「賢者」を理想として掲げたが、同時に、その理想に到達した者は歴史上ほとんど存在しないとも認めていた。徳と悪徳の間に中間段階はなく、水面下一寸で溺れる者も百尋の深さで溺れる者も等しく溺れているように、賢者でない者はみな等しく愚者だとされた。この峻厳な二分法は、しばしば非現実的だと批判される。
これに対し後期ストア派は、賢者ではないが賢者へ向かって進む「進歩する者(プロコプトン)」という実践的な位置づけを重視した。エピクテトスの語録やマルクス・アウレリウスの『自省録』が、完成された教説の提示ではなく、日々の自己点検と鍛錬の記録という体裁をとるのはこのためである。
キリスト教との関係
ストア派の摂理思想、ロゴス概念、内面の自由の重視、そして世界市民主義は、初期キリスト教の思想形成に大きな影響を与えた。パウロがアテナイで語ったとされる言葉にはストア派の詩句への言及があり、教父たちはセネカを「我らのセネカ」と呼んで、セネカとパウロの往復書簡という偽作まで作られた。他方、宇宙そのものを神とみなす汎神論的な自然学や、徳のみで幸福が完結し恩寵を必要としないという自足の理想は、キリスト教の人格神信仰・原罪観と根本的に相容れず、アウグスティヌスはストア派の「賢者の自足」を人間の傲慢として批判した。
現代的展開
20世紀後半以降、ストア派の実践哲学は認知行動療法の理論的源流の一つとして再評価された。「人を悩ませるのは出来事そのものではなく、それについての判断(ドグマ)である」というエピクテトスの洞察は、アルバート・エリスの論理療法やアーロン・ベックの認知療法が置く「出来事と感情の間には認知が介在する」という基本前提とほぼ重なり、エリス自身がその影響を明言している。
2010年代以降は、一般向けの実践哲学としての「現代のストイシズム」が英語圏を中心に広まり、毎年の「ストイック・ウィーク」のような実践プログラムも行われている。ただしこの流行に対しては、ストア派の教説から自然学・宇宙論という形而上学的基盤を切り離し、単なる自己啓発的な感情管理術に矮小化しているという批判も、研究者の側から提起されている。
日本での受容
『自省録』は明治期以来くり返し邦訳され、とりわけ神谷美恵子による訳(1956年)は広く読まれてきた。日本ではストア派の禁欲的な自己統御が、武士道的な克己の精神や禅の修養と重ね合わせて理解される傾向が強く、そのため「ストイック」という語が日本語では本来の学派名から離れ、単に「禁欲的・自分に厳しい」という意味の日常語として定着している。
代表人物
- ゼノン(キティオンの)創始者
紀元前334年 - 紀元前262年
紀元前334年ごろ - 紀元前262年ごろ、キプロス島キティオン出身の哲学者。アテナイの「彩色柱廊(ストア・ポイキレ)」で講義したことに由来してストア派を創始した。
- エピクテトス主要人物
50年 - 135年
元奴隷のローマ帝政期ストア派哲学者。自分の力の及ぶことと及ばないことを区別する実践倫理を説いた。
- マルクス・アウレリウス主要人物
121年 - 180年
ローマ皇帝でありストア派哲学者。『自省録』で、感情を統御し理性に従って生きる内省的な実践哲学を残した。
代表書籍
- 自省録(180年)
他思想との関係
キリスト教がストア派から影響を受けた
初期キリスト教の倫理思想は、ローマ帝政期のストア派(特にセネカやエピクテトス)から禁欲・摂理受容の思想的影響を受けた。
功利主義がストア派と対立する
快楽を善とする功利主義と、快楽を善悪に無関係な「無関心なもの」とみなすストア派は、幸福の捉え方で対立する。
儒家思想がストア派と関連する
どちらも徳の涵養と自己規律を重んじる実践哲学であり、感情の統御を通じた人格の完成を目指す点で共通する。
エピクロス主義がストア派と対立する
快楽こそ人生の目的とするエピクロス派と、快楽を善悪に無関係な「アディアフォラ(indifferent)」とみなすストア派は、古代ヘレニズム哲学における代表的な対立である。
仏教がストア派と関連する
外的な出来事への執着を手放し、心の平静を目指す点で、仏教の離欲とストア派のアパテイア(不動心)はしばしば比較される。ただし根拠づけとなる形而上学は大きく異なる。
道家思想がストア派と関連する
どちらも人間を超えた自然の秩序(タオ/ロゴス)を受け入れることを説くが、タオは人為の完全な放棄を、ストア派は理性による能動的な受容を重んじる点で異なる。
アリストテレス主義がストア派と関連する
どちらも徳の涵養を倫理の中心に据える古代ギリシアの実践哲学だが、アリストテレス主義が中庸としての徳と外的善(友人・財産等)の一定の必要性を認めるのに対し、ストア派は徳のみを唯一の善とし外的なものを「無関心なもの」とみなす点で異なる。